ベツァルエル芸術デザイン・アカデミーの新キャンパスの設計
エルサレムにある国立美術大学「ベツァルエル・芸術デザイン・アカデミー」。
移築にともなう新キャンパスの設計を、日本を代表する建築事務所「SANAA」が手がけた。
ー棚瀬 純孝(SANAA パートナー)
ベツァルエル・芸術デザイン・アカデミーは、1906年にエルサレムに開校した歴史ある国立美術大学です。2012年にキャンパス移転にともなう新キャンパスの設計者を選ぶ国際設計競技がありまして、私の所属する建築設計事務所・SANAAとNir-Kutz Architects (協力事務所)が新キャンパスの設計に携わることが決まりました。
当時キャンパスはエルサレムの郊外、市街地を西に望むスコーパス山にありました。キャンパスとしては充分な大きさがありましたが、市街地から4キロと離れており、教育に集中できる反面いささか不便な場所であったと聞きます。
新しいキャンパスの敷地は、エルサレムのオールドタウンを東に望むロシアン・コンパウンドと呼ばれる丘にあり、ちょうどスコーパス山からオールドタウンを挟んで対面側に位置します。隣に市役所、ロシア教会、裁判所、警察署、敷地の東側ではアンダーグラウンド・プリズナー美術館と接するという、エルサレムという都市の中でも特別な場所でした。都市の中にキャンパスがあるというアカデミー開校時への回帰ということともに、アカデミーの新しい在り方が望まれていました。
そもそも学生教員含め3500人以上が毎日集うキャンパスが、街の中心に新しくできるということは街にとってとてもインパクトのあることです。これを街とアカデミーの双方にとって有意義なものにしたいと考えました。学生たちが街に対して新たな活気を作り出し、その活気がアカデミーの創造性を活性化させるという状況を作り出したいと考えました。
大学側と打ち合わせを重ねて設計した新しいキャンパスについて簡単に説明します。私たちは必要な床をなるべくコンパクトに細長くした上で、学科ごとに分けた棟(9学科があったので9棟に分けました)としまして、各棟毎で微妙に床の高さを変え角度をつけて並列させました。棟と棟の間に生まれる細長い吹き抜けを介して各学科が空間的に繋がるようにしました。各棟には階段やエレベーターなど個別の縦動線がありますが、棟同士を部分的につなぐスロープや階段を吹き抜けに設けて、学生たちが思い思いに使える「けもの道」的な動線も用意しました。
これで各学科は学科自体で独立的に運営できるわけですが、空間的・視覚的には隣の他学科と繋がっています。例えばある学科の学生が集中して自分の課題に取りくみつつも、垣間見える隣の学科の活動がヒントとなったりしたり、場合によっては異学科間コラボレーションの機会を作ったり、学科を超えた横断的な創造性の繋がりを生み出すような「余剰」のある場所を作り出したいと考えたからです。
それはあたかも小さな島々の群島を想像させます。島々は独自の文化がありますが、お互いに関係した緩いまとまりがある、そんな感じです。島々の群れが潮の澱みや流れに微妙な加減をつくって良い漁場がうまれるように、建物内に活気が生まれその活気が街にあふれだす。かつ、街からも街の賑わいがキャンパスに流れ込む。そのような状態を想像して設計しました。
これは最初にスコーパス山のキャンパスを見学した際の印象が大きく影響しています。学期末の発表を控えたキャンパスだったのですが、学生たちがあらゆる場所を使って発表を準備していました。飾られている作品がどの学科の作品なのかわからないような横断的なものが溢れていて、キャンパス全体がギャラリーのような、そして街のような感じがしました。これを新しい建物でも、更に素晴らしく、街と関係した形で作り出したいと考えたのでした。
エルサレム・ストーン・街とつながるキャンパス
エルサレムの街は全てエルサレム・ストーンで出来ています。その少しピンクがかったベージュの石灰岩はエルサレムの地盤であり、何千年もの昔から建物を作る建材として使われてきました。聖墳墓教会も嘆きの壁もエルサレム・ストーンでできています。これは実は現代の街並みにも継承されています。建物の外壁の大部分をエルサレム・ストーンで仕上げなくてはならないという決まりがあるのです。古い建物も現代的な建物も混在するエルサレムの街並みですがなんとなく統一感があるのは、この決まりが有効に守られているからなのです。建物の形態や様式を規制するのではなく、素材という括りがあるだけで街がこんなにもまとまって見えるのは建築設計者としても非常に興味深いものでした。
私たちが設計した建物も同じ決まりの中にあるのですが、鉄筋コンクリートでできた床に、床から天井までのガラス窓が入るデザインで、そもそも外壁がそれほどありませんでした。建設許可の申請に際しては、市にこのデザインをプレゼンテーションして協議を重ねまして、少ない外壁を全てエルサレム・ストーンで仕上げた上で、建物の構造であるコンクリートにエルサレム・ストーンの砕石を使った特殊なコンクリートとすることで幸いにも建設許可をいただくことができました。
この建物は建物内の活気が街に溢れ出し、街の活気が建物内に波及するということを考えてデザインしたわけですが、建物をつくる構造であるコンクリート自体が、ある意味エルサレム・スートンとなるおかげで、さらに街に近づけたと考えています。最初の柱を現場で確認することができたのですが、これで建物がエルサレムの街の一部となることができかもしれないと感動したのを覚えています。
現在キャンパスは最終調整中です。建物内に家具や設備が徐々に配置され、あちらこちらで学生たちや職員が準備をし、部分的な使用も始まっています。これまでは工事の職人さんたちで溢れていたのですが、今では学生たちが溢れ出して、いままでとはまた違った活気のある風景が建物内のいろいろなところに見えてきました。
エントランス広場はロシア教会の軸線上の裏側にあり、建物はちょうどそれを取り囲むような形をしていて、教会の周りを歩いていくと自然とエントランス広場に導かれるようになっています。広場からエントランスに入るとスキップフロアになった上階のカフェと下階のメインギャラリーを介してエルサレムの街を見渡すことができます。細長い吹き抜けの階段に沿って歩いていくとカフェ(もしくはギャラリー)を経て、オールドタウンをのぞむ外部テラスに導かれます。
この場所は、空間が街から連続して建物内で展開していくという、キャンパス内に私たちが作りたかったことをよく示す場所のひとつです。訪れる人にキャンパスが街と共にあるということを自然に感じ取ってくれたらと考えています。
隣のロシア教会の周りには、誰かが餌をやっているのでしょう、たくさんの猫がいます。ある日工事現場を点検していると建物内に黒猫がいました。黒猫は私に気がつきスタスタっとしなやかにどこかに消えていきました。新しい建物に猫が住み着いてもらっては困るのですが、、これでようやく建物が街と一緒になることができたと感じた一瞬でした。 (終)
<プロジェクト概要>
New Campus for the Bezalel Academy of Arts and Design
Location: Jerusalem, Israel
Client: Bezalel Academy of Arts and Design
Architect: SANAA
Executive architect, design phase: Nir-Kutz Architects
Executive architect, construction phase: HQ Architects
Project management: Am-Gar, Poran-Shrem
General Contractor: Shikun & Binui Solel-Boneh
© Eisuke Inoue
棚瀬純孝 Yoshitaka Tanase
建築家 1970年生まれ 三重県出身 京都工芸繊維大学卒業・同大学院修了
1995~ 妹島和世建築設計事務所
2003~ SANAA事務所・棚瀬純孝建築設計事務所代表
2013~ SANAA事務所 パートナー