巨匠ギトリスとの別れ

イスラエルを代表する世界的ヴァイオリニスト、イヴリー・ギトリスが昨年末98歳で亡くなりました。今回は、氏の最後の10年の来日公演を務めたマネージャーによりその足跡を紹介します。

イスラエル・ハイファ生まれのヴァイオリニストで、20世紀最後の巨匠と呼ばれたギトリスが2020年12月24日に98年の生涯を終えました。ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ニューヨーク・フィルに次々と客演、アルゲリッチ、メータ、バレンボイム等世界中の巨匠と共演を重ねた大演奏家で、日本には1980年に初来日して以来、毎年のように日本ツアーを行っては個性的な演奏でファンの心を鷲づかみにしていました。私は2007年に初めてマネージャーを務めて以来、2017年に95歳で最後のリサイタルを行うまでの10年間、鞄持ちとしてご一緒させていただいていました。

何よりもその魅力は「ギトリス節」と呼ばれた独特の節回し。フレーズを伸び縮みさせたり意図的に音程を外すなどして聴く者の心を揺さぶるなど、その演奏スタイルは晩年になっても全く変わることはありませんでした。彼が好んで演奏したクライスラーの、その時代は今よりも自由な解釈、大胆な演奏が行われており、当時の様式感を現代に伝える最後の演奏家でした。

ギトリスが私たちにしてくれたこと

素晴らしい演奏に加えて、彼は「信念の人」でもありました。旧ソ連で初めてコンサートを行ったイスラエル人演奏家で、イスラエルとパレスチナの和平支持者でもあり、またユネスコ親善大使としてアフリカ各国での演奏活動を行っています。私たちにとっては、2011年の東日本大震災の2か月後に日本を訪れて東北各地で被災者のために演奏してくれたことが決して忘れられません。氏は震災の翌日私や日本の友人に、次々に安否を気遣う電話を入れると共に「必要とされればいつでも日本に行ってヴァイオリンを演奏する」としてくれました。その後、航空会社に渡航費をもつよう自ら交渉して来日を果たし、「出演料もいらない」とチャリティコンサートを各地で行って義援金を集めると同時に、仙台や石巻の学校や避難所の体育館を訪れては被災者の方々の声に耳を傾け「私も戦争で愛する人を亡くしたからあなたたちの気持ちはよく分かる」と声をかけながら演奏を届けて心を癒してくれたのでした。氏の演奏を聴いて涙をとめどなく流す人たちの姿は忘れようもありません。音楽が、人を勇気づけて生きる糧となることを身をもって示してくれた演奏家でした(この時をはじめ、毎回のツアーの度にイスラエル大使館からも惜しみないご支援をいただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます)。

「日本は第二の故郷」と公言し、90代を過ぎても躊躇することなく10時間以上をかけて来日してコンサート活動を行い、毎回東北を訪れては慰問演奏を行ってくれたギトリスがこの世を去り、日本の友人やファンなど多くの人が涙を流しました。その素晴らしい演奏と共に、信念に基づいた生き方、そして何よりも人を愛することの大切さを私たちに教えてくれたギトリスにはいくら感謝しても感謝しきれません。クリスマスイブの日に天に召されるなど、神様もその生涯を祝福してくれました。今頃は愛する家族やたくさんの演奏家との再会を天国で楽しんでいることでしょう。

年配の男性人の肖像画

中村聡武 Toshitake Nakamura

株式会社テンポプリモ代表取締役 
1973年東京生まれ。早稲田大学を卒業し、民間企業勤務の後に青年海外協力隊に参加、シリア・ダマスカスの音楽学校で2年間ヴァイオリンを指導した。帰国後は日本交響楽協会にてマネージャーとして経験を積み、2009年に独立して株式会社テンポプリモを設立した。これまでにギトリス、サラ・チャン(いずれもヴァイオリン)、マルディロシアン(ピアノ)、エルサレム交響楽団、ロシア国立交響楽団ほか、世界的に活躍するアーティストの来日公演を手掛けている。2022年4月にはイスラエル・フィル(指揮:ラハフ・シャニ)を招聘予定。