考古学は危険だ

考古学の主な仕事の一つは大地を掘る発掘作業である。つるはしなどを振るって深い穴を掘る作業だから、そこには常に危険が伴う。しかし、考古学が真に危険なのは、それが「発見」する学問だからである。

ー長谷川修一(立教大学文学部教授)

DISCOVER―この言葉ほど考古学にふさわしいものはない。いや、この言葉は考古学そのものを表していると言える。考古学とは「発見」の学問だからである。

イスラエルの遺跡を掘れば、土の中から何百年、何千年、時には一万年以上もの昔にそこで暮らした人々が残した痕跡が見つかる。最も多いのは土器片である。土器の多くは、当時の人々にとっては日常で用いるありふれた器だったかもしれないが、現代の考古学者にとっては情報の宝庫だ。

土器の形からは、鍋、皿、ランプなど、それがどのような用途で用いられていたものかがわかる。また、形からはそれが作られたおよその時代もわかる。それによって、どの時代にその遺跡に人が暮らしていたのかも見当がつく。土器の材料の土からは、それがどこで採取されたものかがわかり、土器に文様が施されていれば、それを制作した工房まで特定できることもある。また、運が良ければ、中に何を入れていたかさえわかることすらある。

つまり、土中から見つかる遺物や遺構自体が第一の発見であるが、そこから情報を引き出す段階において第二の発見があると言える。そしてさらにこうして引き出したもろもろの情報を総合して当時の社会の姿を再構成するときに第三の発見もある。したがって発掘作業そのものが新たな発見の連続と言える。だがしかし、ここまでは他の学問にも共通しているところがないわけではない。

イスラエルの下ガリラヤに位置するテル・レヘシュでは、2006年以来、日本からの調査隊が発掘調査を行ってきた。遺跡からは地域最古級のシナゴーグをはじめ、これまで数多くの発見があった。

しかし、考古学における発見はモノにとどまらない。考古学はチームワークの学問であり、発掘調査は決して一人ではできない。日本から共に参加する仲間たちに加え、イスラエルで日本隊の到着を、毎年首を長くして待っている仲間たちがいる。真夏の酷暑の中、共に汗を流して働き、土中から次々と顔を出す意外なモノに一喜一憂し、そして労働の後、くたくたの身体を投げ出し、車座になって酒を酌み交わせば、年齢や言葉の壁を乗り越えることはさほど難しくない。日本隊が滞在するキブツでは、隊が到着する前にビールを大量に仕入れておく。

そして毎年、調査期間の最後には、その年の成果を振り返りながら、笑い、大いに飲み食いし、しばしの別れを惜しんで涙を流す。2019年のテル・レヘシュの発掘調査の打ち上げ時には、アラブ人の労働者たちに教えてもらいながら皆で輪になってダンスに興じた。

イスラエルでは調査のたびに新しい出会い、新しい友の発見があるのだ。だからやめられない。こうして考古学の魅力にすっかり憑りつかれてしまう者たちが年々後を絶たない。考古学者になっても就職先はなかなかないのに、困ったことだ。考古学はさほど危険な学問なのである。

年配の男性人の肖像画

長谷川修一 Shuichi Hasegawa

立教大学文学部教授。Tel Aviv University大学院修了(Ph.D)。1998年より、イスラエルのテル・エン・ゲヴとテル・レヘシュの発掘調査に従事。主著に『聖書考古学』『旧約聖書の謎』(いずれも中公新書)、『謎解き聖書物語』(ちくまプリマ―新書)などがある。テル・レヘシュの調査についてはrekhesh.com/jp参照。