死んじゃえばいい

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©Noam Chen

 ハヌカ(12月にある灯明祭)の1週間の休み、両親はぼくを寄宿舎に送りこんだ。最初の瞬間からぼくはそこにいるのがいやでいやで、泣きっぱなしだった。ほかの子たちは楽しく遊んでいるのに、ぼくにはなぜ楽しいのかわからなくて、それでいっそう泣いてしまった。ほかの子たちに涙声を聞かれたくなかったし、かまわれるのがいやだったので、一日じゅう、ギュッとくちびるをむすんで押し黙ったまま、クラブやプールをうろつきまわった。
 夜、消灯になってから数分待って、食堂横の公衆電話に走った。雨が降っていたが、トレーニングシャツに裸足のまんま、水たまりを走った。寒くて、口がひとりでにあき、まるきりぼくの声じゃないみたいな、すすり泣きが漏れた。それで、ぎょっとした。家に電話したら父さんがでた。走っている間、母さんにでてほしいと思っていたのに、いま、この寒さと雨と喉からこみ上げたすすり泣きとで、もうどうでもよくなってしまった。迎えに来てほしいといい、そこで、ほんとにわっと泣きだした。父さんは少し怒り、二度ほど、どうしたんだ、と聞き、それから母さんにかわった。ぼくは泣きじゃくって、口もきけないほどだった。「すぐ迎えに行くからね」と、母さんがいった。父さんがなんか文句をいうのが聞こえ、母さんが腹立たしそうにポーランド語で返事してから、「ぼうや、聞こえる?」といった。「すぐ迎えに行くから、部屋で待ってるのよ。外は寒いし、あなた咳してるでしょ。部屋で待つのよ。すぐ行くから」
 電話を切ると、ぼくは門まで走った。舗道のわきに座りこんで母さんたちが来るのを待った。1時間以上かかるとわかっていた。時計がなかったから、胸のなかで時間をいろんな方法で数えてみたりした。寒かったけど同時にあったかくもあった、だが、ふたりは来なかった。頭のなかの計算では200年以上過ぎていたし、いつの間にか空が明るみだしていたが、ふたりは来なかった。嘘つき。来るっていったのに。大嘘つきだ、死んじゃえばいいんだ。もう泣く力もなかったが、ぼくは泣きつづけた。とうとう、指導員のひとりに見つけられて看護室に運ばれ、錠剤を飲まされた。ぼくは誰とも口をききたくなかった。

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