不思議な子ども(神童) 中
🄫Yuki Hashimoto
「おれは所帯持ちだ」僕がもう知っていることから、まじめに運転手は話しだした。「家内は主婦だ。40歳にしちゃなかなかのベッピンでさ。おれの言うことはよくきくし、料理はうまいし、洗濯、アイロンがけと、不足はない」運転手はウィンクして続けた。
「ある朝、おれは仕事に出ていた。いっとくが、そんなに前のことじゃない。1週間前ぐらいかな。家内は家事をしていた。居間の家具のほこりを拭いた。橙色の雑巾で拭いて拭いて、拭きまくりながら、本当にまあ、どこからほこりが舞い込むのかしらって独り言をいった。それからすぐ、昨日といい今日といい、どうして靴下の片っぽだけがどこかに消えちゃうのかしら。茶色のも橙色のも紺色のも、いつもちゃんと1足ずつ並べて干してるってのにって呟いたんだ。それから、家内はぎょっとした。今朝、託児所に連れてった子どもたち3人は、どこにいるんだろう。昨日は、この居間の真ん中で大騒ぎして遊んでいたってのに、って。
家内は雑巾を投げ捨てて、家から何メートルも離れてない託児所にいそいだ。託児所には鍵がかかっていた。しかも、内側から。家内が声をかけると、保育士が妙な笑いを目に浮かべて出てきた。子どもたちは無事かと家内が訊くと、まったく問題ありません、まだ午前11時なのになぜ来たんです、って逆に訊かれた。そういわれて家内はバツが悪くなったが、どうせ託児所に来たんだもの、様子をちゃんと見届けよう、って決めたんだな。
子どもたちに会えませんか? 気づかれないように、ちょっとだけでいいですから、って家内は訊いた。今朝は妙なことばかり起きるんですよ。家具の上にびっくりするほどほこりが積もったり、物干しから靴下が消えたり……。
どうしたんです、って保育士が怒った。物干しから靴下が消えたとか、夜じゅう砂嵐だったとか。お忘れなんですか、宇宙船が停泊して砂を飛ばしたんですよ。この託児所だって砂ぼこりでいっぱいです。午前中ずっと、私も子どもたちも拭き掃除をしてたんですよ。
家内もあんたと同じで、どんな宇宙船なのか見当もつかなかったから、何のことです、って訊いたんだな。
宇宙船ですよ、って、いっそう保育士はいきりたった。みんな、宇宙船のことをしゃべってるじゃないですか。だから、私もしゃべるんです。なんで私だけが除け者にならなきゃならないんです?
お願いですから、って家内は頼んだ。子どもたちをチラッとでいいから見せてくださいな。見つからないようにしますから。チビちゃんたちの無事がわかればいいんです。そしたらもう、子どもたちを迎えに来る12時半まで家で待ちます、お約束します。
保育士は心臓を寄越せっていわれたみたいな顔になったが、ズボンのジッパーの金色 の鎖についていた鍵で託児所の門を開けた」
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