不思議な子ども(神童) 中

🄫Yuki Hashimoto
「何だって?」僕は運転手の話をさえぎった。「もう一度、繰り返してくれ」
「全部か?」運転手は呆れたようにいった。
「いや、そうじゃない」僕はあわてていった。「最後のとこだけ」
「保育士は門を……」と運転手は繰り返してから、「そのあたりから、訊きたかったのか?」といった。
「そう、そうなんだ」苛立って、僕は苦笑した「いいよ、話を続けてくれ」
「家内は礼をいおうか迷いながら、門のなかに入った。ほこりや靴下なんてどうでもいい、肝心なのは子どもだからな。家内は窓からのぞいて仰天した。
空っぽだった。おもちゃさえなかった。
奥さん、どうしました?
空っぽじゃないですか。
家内の金切り声にぎょっとして、保育士は家内を押しのけた。
まあ、奥さん、おっしゃるとおりだわ。でも、12時半までには、きっと戻ってきますよ。
どういうこと? 家内はヒステリーすれすれだった。子どもは どこです?
わかりません。リフカが連れて行きましたから、と保育士がいった。
リフカ? リフカって、誰です? と家内は訊いた。
助手のリフカですよ、と保育士が自慢そうにいった。とってもいい娘、黄金みたいな娘ですよ。ローソクをともすようにして、やっと見つけた娘です。
ねえ! 家内は金切り声をあげた。気でも違ったんじゃないの、そういいながら保育士をゆすった。子どもを返してちょうだい。いますぐ戻してください。お宅のリフカとやらにいってちょうだい。何が何だかわからないわ。この託児所についちゃ、近所の人たちがちゃんとしてるって推薦もしてくれたのに。子どもを返して! うちの子を返してちょうだい!
家内は泣きだした。
奥さん、私だって同じです、と保育士がいった。でも、心配しないで。遅くとも1時15分前にはみんな戻ってきますから。
家内はおいおい泣いた。泣きながら、警察に知らせるといった。電話を貸してくださいな、お願い、といった。
もちろんです、と保育士は家内を招じ入れた。
家内は警察に電話した。警察は家内の話を信じようとしなかった。来てくれないなら、ここで自殺すると家内が脅して、やっと警官がくることになった。
家内が泣きむせんでいるところに、警官が到着した。他の子たちの母親も、家内のそばで心配して泣いていた。みんな、保育士をゆすっては、リフカって誰なの、と訊き、保育士はその都度、ローソクを灯すようにしてやっと見つけた娘で、わたしの助手です、と答えた。
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