来日100年記念「アインシュタインと日本の子どもたち」

 20世紀最高の物理学者と評されるアルバート・アインシュタイン。一般相対性理論の提唱を始め、「光電効果の法則の発見」による1921年ノーベル物理学賞受賞など、多大な業績を残しました。実は、彼がノーベル賞受賞の連絡を受けたのは、1922年(大正10年)に日本へ向かう船上だったのです。そして、11月17日に神戸から上陸したアインシュタインは、東北から九州まで43日間かけ日本列島を横断し、行く先々で熱狂的に迎えられました。


 現在アインシュタインの遺産は、イスラエルのヘブライ大学アルバート・アインシュタイン・アーカイブで大切に保管されています。その中に、1949年に彼のもとへ届いた、日本の小学校の先生と子どもたちからの手紙と絵があるのはあまり知られていません。


戦禍の日本からアインシュタインへ


 太平洋戦争下の大阪府高槻市高槻小学校大塚分校。分校長のシマカワ先生から天才科学者アインシュタインの話を聞いた子どもたちは、3月14日の彼の誕生日祝いに絵を送ることにしました。物資や食料が乏しい中、先生がようやく手に入れたクレヨンと画用紙に、子どもたちは夢中になって絵を描きました(*)。しかし、戦時中に、アメリカに住むアインシュタインへすぐに郵送はできませんでした。アインシュタインの手元に届いたのは1949年。戦後になってようやく、先生が子どもたちの絵に手紙を添えて、郵送が叶ったのです。戦時中とは思えない色彩豊かな活き活きとした絵、そして先生の手紙には、子どもたちの科学の発展と平和への思いが込められていました。子どもたちの境遇を知らなかったとしても、アインシュタインはさぞ胸を打たれたことでしょう。


*絵の作者の証言や総務省の記録から判断すると、子どもたちが絵を描いたのは1944年12月から翌8月終戦までの間と推定される。


日本の子どもたちが描いた絵

(アルバート・アインシュタイン・アーカイブ所蔵)

©︎The Hebrew University of Jerusalem

Courtesy of the Albert Einstein Archives, the Hebrew University of Jerusalem.

Digital images by Ardon Bar Hama



子どもたちの絵に同封されたシマカワ先生の写真と手紙

(アルバート・アインシュタイン・アーカイブ所蔵)

©︎The Hebrew University of Jerusalem

Courtesy of the Albert Einstein Archives, the Hebrew University of Jerusalem.

Digital images by Ardon Bar Hama

 

絵の作者


 2022年6月初旬、イスラエル大使館の町川エフラット文化・科学担当官は、読売新聞大阪本社の担当者および記者とともに、アルバート・アインシュタインに絵を贈ったとされる子どもの一人にお会いするため大阪府高槻市を訪れました。

 

 町川担当官が、その特別な出会いを語ります。


 「吉田節子さんは、現在85歳。彼女がご親友と共に60年近く営む美容院で、訪問を大歓迎してくださいました。彼女が絵を描いたのは高槻小学校大塚分校の2年生の時でした。


 ご挨拶の後、日本・イスラエル外交関係樹立70周年という特別な年の訪問であることをお伝えし、イスラエルについての簡単な紹介、また、エルサレムにあるアインシュタイン・アーカイブについてご説明させていただきました。節子さんは、自分の絵がどのようにしてイスラエルに渡ったかを初めてお知りになり、大変驚き、また熱心に聞き入っていらっしゃいました。

[写真] 

左・中央:吉田節子さんが絵を描いた当時のことを語ってくれました。

右:吉田さん(左)と吉田さんの親友



 節子さんは、戦時中、空襲警報が鳴ると避難しなければならない状況下で、クラスメートと一緒に絵を描いた時の思い出を語ってくれました。当時は手の届かない貴重なクレヨンを、先生が譲ってくれた時の嬉しさを今でも覚えているそうです。


 戦後年月が経ち、高校を卒業した節子さんは、当時の生活苦から父親に職業に就くことを勧められます。その後秘書となりましたが、自身の給与が希望からかけ離れていることに不満を感じたそうです。勇気と才能にあふれた彼女は、自分の未来を自分の手で切り開こうと決意し、美容院を開業して現在に至っています。彼女の決意と自分の道を切り開く思いに、感動を覚えました。


 アインシュタインに送った絵にまつわる知られざる物語をお聞きし、そしてまた、彼女がアインシュタインに関する資料をすべて特別なフォルダーに入れて大切に保管されていることを知り、胸が熱くなりました。また、一人の熱心な教師の行動が、長年にわたって児童たちに強い影響を与えたことを実感し、心温まる思いがしました。



[写真] インタビュー記事の掲載された2022年8月5日(金)付 読売新聞大阪本社版朝刊と町川担当官。



 私自身教育者としての背景を持つ立場から、教育が奇跡を起こすという信念を強く感じる訪問でした。違いを乗り越えて、異文化のつながりを育むというメッセージは、実に力強いものです。


 訪問の最後に、節子さんとご親友が温かな御茶会を開いてくださいました。

節子さんは、『大使館から連絡を受けたことで、1940年代の困難な時代の中の明るい日々の記憶が蘇った』と回想され、感謝のお言葉をいただきました。同様に大使館からも、教育と平和のかけがえのないつながりを節子さんから学ぶことができた旨お伝えし、感謝申し上げました。



また節子さんは、この度の両国の特別なつながりについて『こんなことがあるなんて思ってもいなかったので、ささやかでも参加できたことがうれしい』と仰り、『今日のことは一生忘れないでしょう』と締めくくられました。


私たちも一生忘れません。」




吉田節子さんの描いた絵

©︎The Hebrew University of Jerusalem

Courtesy of the Albert Einstein Archives, the Hebrew University of Jerusalem.

Digital images by Ardon Bar Hama


 

次世代への願い


 アルバート・アインシュタイン・アーカイブには、もう一つ興味深い所蔵品があります。アインシュタインが1930年に日本の少年たちへ向けて書いた直筆の手紙の原稿(*)です。それは、大日本雄弁会講談社(現・講談社)が当時発行していた月刊雑誌「少年倶楽部」への寄稿文でした。ドイツ語で書かれた寄稿文は、少年倶楽部の編集者カトウ ケンイチ氏に送られ、1931年の少年倶楽部に日本語翻訳文が掲載されました。

*実際に送った寄稿文とは多少の違いがあるかもしれません。


日本の少年たちへ向けた

アインシュタイン直筆の手紙の原稿

(アルバート・アインシュタイン・アーカイブ所蔵)

©︎The Hebrew University of Jerusalem

Courtesy of the Albert Einstein Archives, the Hebrew University of Jerusalem.

Digital Images by Ardon Bar Hama



このような精神で 老人の私から 日本の少年諸君へ 挨拶を送ります


友愛の精神によって 君たちの世代が 

いつか 私の世代を越えていってくれることを 願っています


アルバート・アインシュタイン

(1930年)


原稿の英語翻訳版を日本語意訳にて引用

Nathan O., Norden H., (Eds.). (1960).Einstein On Peace. Simon & Schuster.



1930年にアインシュタインが日本の少年たちに書いた言葉は、世代や性別を超えたメッセージと言えます。

21世紀の今、私たちの世代、そして次の世代に、同じ希望が受け継がれることを心から願っています。


 

・Special Thanks・


ヘブライ大学アルバート・アインシュタイン・アーカイブ

読売新聞大阪本社

関西テレビ

(番組 ピーコ&兵動の『ピーチケパーチケ』)


 イスラエル大使館とノーベル賞受賞100年記念「アインシュタイン展」との特別企画「アインシュタインに手紙を書こう」

は、アインシュタインが大切に保管していた日本の子どもたちからの手紙と絵がきっかけとなりました。1922年の来日から100年。アインシュタインと日本の繋がりの歴史に眠る沢山のストーリーが、今後さらに明らかになっていくことを願っています。

 *受賞作品・詳細はこちらからご覧いただけます。現代の子どもたちの思いを、是非読んでみてください。



 

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