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砂漠の林檎

6

© Noam Chen

「どんなふうに、邪魔してるの?」
「ぼくの嫁さんになりたがらない」
「娘は結婚したくない。そう、言いいたいのね」
「そのとおりです」
 そのことばの真意を消化できないでいるのに、ドヴィはキブツの入り口で育てている林檎畑のことを話しはじめた。
「アメリカのネバダ砂漠で林檎栽培に取り組んでいるアメリカの研究者が特別な種を送ってきてくれましてね。堆肥をいっぱいつめた缶に種をまくと、小さな根の、赤ん坊ぐらいの高さの木に育って、ときには夏場に花が咲いて、エデンの園の木のような実をつけるんです。林檎は寒いのが好きなんですよ」
 ふたりはリフカを目で追い、ドヴィは説明を続けた。
「夜にはビニールのテントを開けて、砂漠の寒気にさらしてやるんです。夜明け近くになったらテントを閉めて、冷たい空気を封じ込め、暑気から遠ざけてやるんです」
「ほんとに」ヴィクトリアは呟いた。ドヴィの話を聞きながら、さっきのことばを考えていた。誰かがテーブルのそばに来て、声をかけた。
「リフカのお母さんですか。立派な娘さんだ」
 ふいに、胸がふくらんだ。
 思い出がよみがえり、かつての地、かつての日々、が浮かんできた。
 15歳だった。安息日の教会堂で、ヴィクトリアは宝石商の息子のモシェ・エルカヤムと見つめあい、目を伏せたのだった。モシェが手のなかで金や銀や宝石を転がすさまを見ようと、エズラト・ナシーム(ユダヤ教会堂の女性席)の木の格子戸にしがみついたものだった。ことばを交わすこともなくふたりは想いをよせあい、モシェの妹は通りで会うとにっこり笑みかけてくれた。だが、仲介人がシャウル・アバルバネルとの話を持ってくると、ヴィクトリアは学者の婿を欲しがっている父親を悲しませようとは思わなかった。
 夜、部屋まで送ってきたリフカが言った。
「わたしをエルサレムに連れ帰るつもりできたんでしょ」
 母親は返事をしないほうを選び、しばらくして、話をそらすように言った。
「おまえ、馬鹿なまねをしちゃだめだよ」
「自分がしたいことぐらい、わかってる」
「おまえの叔母さんも同い年ぐらいのとき、わかってる、って言ったけど。いま、どんな暮らしをしてるか見てごらんよ……まるで猫みたいに、家から家へと渡り歩いて」

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