砂漠の林檎

© Dafna Tal
「わたしのことなら心配しないで」
ヴィクトリアは、思いきって聞いた。
「結婚したくないって話は、ほんとなの?」
「そんなふうに言ってた?」
「そうなの、えっ?」
「そうよ」
「なぜ?」
「まだ、自信がないから」
「どこで、そんなことを習ったもんだろ」
「母さんから」
「なんてことを」ヴィクトリアは虚をつかれた。
「わたしね、母さんや父さんたちのようにはなりたくない」
「どういうこと?」
「愛情なしなんて」
「また、愛情かい!」
両手で太腿を叩くと、ぶるっとふるえた。怒りのこもらない、怒りの表現。戸口についた。考えこみながらヴィクトリアは縁どりカバーのかかったベッドを見、思わず聞いていた。
「それで、寝る前にはちゃんとシェマア(「聞け、イスラエルよ」で始まる祈り)を唱えてるんだろうね?」
「ううん」
「お祈りは?」
「ときどきはね、そっと。自分にも聞こえないように」
リフカはそう言うと、ほほえんで母の頬にキスした。
「ジャッカルの鳴き声が聞こえても怖がらないでね。おやすみなさい」
まるで、娘をなだめる母親のようだった。
窓枠が額縁のようで、砂のすじがたおやかに描かれた砂丘の暗やみに向かって、ヴィクトリアは思いを込めて自分と娘のために祈った。重い心と、軽やかな気分で。
『わが思いをおののかしめあしき夢やあしき想いを望ましむるなかれ。汝の前にわが全きふせどを得させたまえ。わが目を輝かしめ……』(就寝前の祈りの一節)
その夜、ヴィクトリアは夢を見た。
男が白いカーテンに近づいていく。ヴィクトリアからは背しか見えない。男がカーテンを引くと、エデンの園の木々が広がっていた。生命の樹、知恵の樹、堆肥のつまった缶に植えられた愛らしい姿の木々。男が数を数えるかのように林檎の木に近寄ると、実が落ちて男の手のなかに転がった。突然、実は小さくなり、種になった。
ヴィクトリアがじっと目を凝らしていると、男の手のひらに貴石や金や銀があふれた。男がふいに振りむいた。宝石商の息子のモシェ・エルカヤム。髪がきらめいていた。
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